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♪人恋(こ)うは〜 かなしきものと〜 平城山(ならやま)に〜 もとおりきつつ〜 耐え難た〜 か〜り〜き〜 ♪いにしえも〜 夫(つま)に恋つつ〜 越え慕(しと)う〜 平城山(ならやま〜)の道(み〜ち)に 涙おと〜しぬ〜 あれは今から3年以上も前のことだったと思います。水谷川(みやがわ)優子さんの「ENNE(エンネ)の会」という後援者の会員に向けたチェロの演奏会が東京のあるビルの一室で開かれまして、その演目の一つに喜多流シテ方の松井彬(あきら)さんの能舞とのコラボレーションが演じられました。その能舞は北見志保子さんが作詞して平井康三郎さんが作曲したあの「平城山」という曲に水谷川さんのお父様でいらっしゃる水谷川忠俊さんが編曲なさったものでしたが、水谷川優子さんの深く悲しいチェロの演奏の響きに合わせて姥の面をつけて杖と菅笠を手に持って登場した松井彬さんの1000年以上もの歳月を超えて良人を狂おしい程、恋慕い待ち続けるような、姥の姿に変わり果てた能舞の姿があまりにせつなくて強烈で今でも私の脳裏にくっきり浮んで忘れられません。 もともとこの歌は作詞家北見志保子さんのご自身の当時の境地を詠んだものだそうです。異国の地にいた将来の良人となる浜忠次郎さんへの恋慕の情を抱いて一人平城山(ならやま)を訪れた時に、同じこの地が仁徳天皇の皇后だった磐之媛(いわのひめ)という女性が良人が必ず自分を迎えにくるとの想いで待ち続けた場所であるとのことを知って古(いにしえ)の女性の気持ちに自分の気持ちを重ね合わせて作った深い情念の歌であります。 松井彬さんのそこでの能舞は水谷川優子さんのチェロの演奏に合わせて舞台の上を姥の姿に変わり果てた磐之媛(いわのひめ)に見立てた女性が杖をつきながら良人を想いながらただよろよろと歩きまわるだけのものだったのですが、その極短時間にステージに現れ出た幻のような空間は1000年以上もの時を越えて生き続ける溜息のでるような深い情念の世界そのものでありました。杖をつきながら舞台の端に行き着いて振り返って空を見上げた色白で上品な彫りの深い姥の能面に天上からライトがあたり現出した目のくぼみの陰影から一瞬悲しみの涙がこぼれ落ちたようにも見えました。「こんなせつない想いをさせていることを相手の男は知っているのだろうか?知っていて知らんふりをしていたとしたならばずいぶんと罪つくりであるな」そんな気持ちにもなりました。 演奏を終えて水谷川優子さんと松井彬さんのお二人の対談がありましたが松井さんは能面を外すとちょっと失礼な言い方かも知れませんが「まったくどこにでも見かける人の良い晩酌好きのお父さん」のような風貌でこのお方が本当にあの深い悲しみを演じた姥の姿と同一人物とはとても思えませんでしたし、また平城山の曲を重厚に演奏された水谷川優子さんも「これほどの深い切ない悲しい想いを体験されたことがおありになるのかな?」と半分は興味本位でもありますが一瞬お聞きしてみたい気もしました。 でもまさにこのことこそが芸の道の深さを示すものと思います。それぞれの芸の道に精進に精進を重ねて己を統御して一心不乱に洗練に洗練を重ねた結果、神の業に近いような妙技がそこに繰り広げられ鑑賞者の心を打つものなのでしょう。この妥協を許さない厳しい芸道の世界を垣間見て己自身を常に磨く菩薩の修行そのもののすばらしさを見た思いを致しました。 |
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お能とは素晴らしいものなのですね。 |
愛112 2007/12/15 16:15 |
ずいぶんご無沙汰をしてしまいました。 |
真山 2007/12/25 21:19 |
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