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「ヴァヤダンマー、サンカーラー、アパマーデーナ、サンパーデーター」 この言語は釈迦が実際に話していたマガダ語なのかそれとも後世の弟子達が釈迦を慕って釈迦の教えを編集し伝承して行った際の言語であるサンスクリット語なのか私は知りません。ご専門の方はご存知だろうと思います。釈迦が臨終に際して付き添っていた弟子達に言い残した最後の言葉であったと言い伝えられているそうで、その意味するところは「全てのものは移り行く、怠らず勤よ。」ということだそうであります。 言葉を変えて、くどいような現代風に言い変えますと「世の中、世の諸現象は全て諸行無常で時々刻々変化するものなのだから、常に努力精進していかないといけませんよ。」という意味ですので、これは現代のビジネス社会や生き方にも充分通じる内容であると思います。 言い伝えられている釈迦の臨終時の状況をちょっとご紹介しましょう。 釈迦は79歳で教えを広めるための説法の旅の途中で、痛みに耐えかねて涅槃図にあるように横に伏して弟子達に看取られて亡くなったそうであります。一般的には彼の弟子の一人のチュンダという鍛冶工が善意で釈迦に布施したキノコの毒にあたって死んだと言われています。 付き従って狼狽して涙を流し詫びているチュンダに対して釈迦は「チュンダよ、嘆くことはありませんよ。私が35歳で行き倒れて瀕死の状態であったときにスジャータという女性からミルク粥を施されて生き返り、大悟したきっかけになったその施しと、あなたが私に食用として差し出してくれたキノコの施しとは、施しという点では何ら変わりのない尊いことなのだから。与える者には功徳は増しこそすれ、怨みは決して積まれません。悪を棄ててむさぼりや愚かさから離れて貧しくとも正しく生活していれば心休まる静かな境地に安住できるのです。」そして最後の最後に一言、冒頭に記載した「ヴァヤダンマー、サンカーラー、アパマーデーナ、サンパーデーター」という言葉を残して息絶えたということであります。 しからば弟子達に言い残した「怠らず勤めよ」とは具体的には何を指しているのでしょうか?私の解釈でありますが、たとえば祇園精舎のような一つの僧迦(サンガ)でなされていた悟りを得るための教団の厳しい修行の行為そのものを指すと確信していますが、釈迦が在家者に対して辻説法していた世俗的なもっと判りやすい言葉で言えば、釈迦の根本教理の四諦の四つ目の「道諦」、すなわち生き方の修行としての八正道を指していると思います。即ち正見、正念、正命、正思、正業、正語、正精進、正定の八つの修行ですがこれを実践して日本人に判りやすい詩に表したのが宮沢賢治の「アメニモマケズ」というのが私の持論であります。このことはこのブログの以前に書いておりますのでもう一度ご参考までにお読みいただけましたら幸せであります。 http://hojiro.at.webry.info/200506/article_8.html |
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今回も素晴らしいブログ拝見させていただきました。お釈迦さまの言葉はどの言葉を選んでも有り難く嬉しくなりますね。 |
愛 2007/06/17 18:15 |
寛人さん、T.Tです。 |
T.T 2007/06/17 22:02 |
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