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help リーダーに追加 RSS 江守徹・言の葉コンサート「羅生門」を聴いて

<<   作成日時 : 2006/10/08 10:25   >>

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昨夜、18時より鎌倉宮の薪能の能舞台において江守徹さんの文学作品朗読ショウとも言える言の葉コンサート「羅生門」が開演されました。演目は芥川龍之介の作品の中から前半が「蜜柑」「ハンケチ」の二つ、15分の休憩をはさんで後半が大倉正之助さんの鼓と一噌(いっそう)幸弘さんの能管(横笛)の即興演奏に続いて、主題の「羅生門」が鼓と能管の響きをバックに江守徹さんの迫真ある朗読が繰り広げられて、約千人もの聴衆と一緒にすっかり魅了されてしまいました。

おりしも昨日までの台風崩れの猛烈な悪天候が去り、澄みわたった夜空に大きな丸い月がくっきりと顔を出し、夕焼け空も消えて秋の虫達の大合唱が会場の鎌倉宮境内に一斉に湧き上がる頃には、赤々と激しく燃えた大きな二つの薪の炎に照らされた能舞台が濃い緑の木立ちのなかに浮びあがり、そこは深淵とも言える幽玄な薪能の世界を現出していました。

「羅生門」という小説は荒廃した百鬼夜行する京の都の闇夜の羅生門で飢え死にした屍の着物や髪の毛まで奪う、おどろおどろしい世界を描き出した芥川龍之介の24歳の時の傑作です。時代の描写が鼓と能管の響きだけで江守さんの朗読力とあわせてまるでその場に居合わせたような世界に浸ることができました。名文名朗読の合間合間の「鼓の時を切るような」、「能管の悲壮感を極めたような」、甲高い響きと掛け声は日本刀に生死を重ねるまさに武士の世界を象徴した繊細にしてとても高度な芸術分野であるような気がいたしました。特権階級であった武士の世界の価値感の良し悪しは別にして、その世界は600年以上も昔から培われてきた現在の日本文化の原点にもなっていると思います。

そういえば演目の後半で鼓の大倉正之助さんがされた挨拶のなかで一噌幸弘さんの吹いている能管は竹に穴をあけ、表面を全面黒い漆を塗って作られたものとの説明がありました。そしてそれは何と丁度600年も前に作られたもので、爾来何世代もの能楽師たちによりえんえんと受け継がれて今日に至っているものだそうです。その絶え間ない演者の息と手の温もりと湿度により漆が保たれ、円熟した音色が出るのであって、たとえば一年も大事に金庫の中に保管したりガラスのショウケースに入れて使わなければ漆がバラバラになってしまい音色も急速に劣化するとのことでありました。600年も続いているとは大変な時の長さであります。こうして大事に受け継がれ磨かれてきた日本のこの伝統芸能のすばらしさは決して西洋には負けない日本人の特質あればこそと思いました。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
言の葉コンサート「羅生門」の素晴らしさが伝わってまいりました。能管は竹に穴をあけ、表面を全面黒い漆を塗って作られ、600年も前に創られたものとお聞きして、私の歴史のロマンはもう爆発しそうになりました。なんてスゴイ!それに比べて人の命のなんて短いこと!
あーー私達はこの能管ひとつにもたくさんのことを教えられている。。。。。600年前にこの楽器を使っていた人はどんな人だろう、、500年前の日とは?400年前の日とは?私の思いはつきませんが、その人達はもうはるか昔に亡くなり、遺体も遺骨もわからない、、

2006/10/08 12:05
上からつづく、、、、、私達もやがては順番に消えていく、、、だから、こうしなさいと教えてくれている、、漆もホントにすばらしいものですね。うちのお客さん用の机も漆塗りなんですが、不心得者のお客さんが熱湯の入った土瓶を直に机に置くことがあります。まあるい跡がくっきりと漆塗りの机についてしまいます、、、その後どうなるか、、、何ヶ月か経つと、そのまあるい色あせは跡形もなく消えてもとの美しい表面に戻ります。そう、漆は生きているのです。その姿を見ると感動します。漆はだまって語りませんが、漆は600年間使った人の記憶はきっとある、、そんな気もしてきます、、

2006/10/08 12:06
愛さま
え〜っ!「何ヶ月か経つと、そのまあるい色あせは跡形もなく消えてもとの美しい表面に戻る」のですか?初めて知りました。漆ってすごいんですね!
寛人
2006/10/08 23:44
「言の葉コンサート」:なんと素敵なタイトルでしょう。鼓と横笛をバックに力強い男性の朗読が1000人を収容した大ホールに静かに厳かに響き渡る。ピーンと張り詰めたその場の空気が目に浮かぶようです。それと能管が600年もの年代物だと知り驚きました。600年前というと室町時代です。戦、地震、火災などの災い、それらを全て乗り越えて21世紀の平成の世まで引き継がれてきたとは俄かに信じがたいほどです。絵画、彫刻などの鑑賞物ではありますが、一つの笛が、それも飾り物でなくきちんと使われてきて600年というのは凄い。愛さんの漆が生きているというお話にも驚きました。ほんとに生きているのですね。歳を取ったせいか最近、以前より頻繁に漆器を使うようになっています。磁器や陶器もいいですが、漆の手に柔らかい感触、そして熱いものも通さない優しさにほっとするのです。大小のスプーンも(「お匙」って呼びたいですね)金属製でなく漆製を使うことが多い。熱い汁もやんわり受け止めてくれ舌を火傷しなくて済むお利巧さんです。ジャパンと呼ばれることもある漆器、漆の能管は正に日本そのものなんですね。
素敵なお話を有難うございました。
美枝子
2006/10/10 23:47
美枝子さま
あっ!そうでしたね。漆は英語でジャパンとも言われますね。初めて西洋人がそれを見た時の驚きが判るような気がします。確かマイセンの陶器も日本の伊万里焼きを見た西洋人がまねて自分達のものにしなおしたと聞きます。日本人の感性の豊かさと匠の力はすばらしいものがありますね。ほんとうに溜息がでます。
寛人
2006/10/11 03:49