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安倍新内閣は教育改革にまず力を入れたいとの方針を打ち出し、その担当大臣にはベテラン議員を当てたいとの安倍新総理の強い意向から慎重に人選した結果、新しい文科相に伊吹文明氏が起用されました。将来の日本を背負う大事な子供達への教育の根幹に係わる改革であり、学級崩壊に代表される子供達の心の荒(すさ)びが大きな社会問題になっているだけにこの教育改革に携わる伊吹氏が就任後にどんな改革の考え方をまず披露するのかについて大変な関心を持って私は待っていました。 ところが中教審が答申した小学校5年生以上での英語必修化について去る9月27日に「まったく必要がない」との表現で簡単に切って棄てた発言が新聞報道されたことには大変驚きました。グローバルな社会がどんどん進む中にあって、自分達の日本の美しさをだけを中心に考えるよりも、国際社会の一員としてどうあらねばならないかを「まず体で学ぶこと」がこれからの国際社会で生きていく上でとても大事な教育上の要件であると思います。英語はいやがおうでも、もはや国際語となっています。そして日本語とは基本的に文法が大きく異なる上に、アルファベットが並ぶ英語の表音文字に対して表意文字たる漢字が主体の日本人にとってその学習開始は頭の柔らかい児童の早ければ早い程、効果が高いことはあきらかであります。 ところが同文科相は「@美しい日本語を話せないのに外国語をやっても仕方がないA必修で教えるべきことが教えられていない。」との二つの理由をあげて否定の根拠としています。でも唐突に「まったく必要がない、時期尚早。」と言ってのけたことに対して、これだけでは納得できません。「古い頭の先入観の持ち主」なのではないかとの疑念さえ感じます。これだけの重大な事を二の次にするためには何が一番大事なことで、どうして小学校の単位ではそちらに廻す充分な時間が無いからそうなるのかの説明を国民に対してもっと熱く語っていただきたかったと思います。心の荒(すさ)びを直すべく教育の根幹にメスを入れること、美しい日本語を話すこと、これらが大事なことは言わずもがなであります。 美しい日本語を話せるようになること自体は小学校時代だけの課題ではありません。中学校、高等学校、そして一生の課題でもあります。今の小学校教育で教えられていない重要なことが何であって、それが故にどれほどの時間が現状ではとれないのかのもっと具体的な説明が欲しいのです。従って小学生にとって相手を体で知ることにもつながる英語の義務教育に対して時期尚早であるとの彼の唐突な意見に対しては到底納得できません。 @心の荒びの修復A美しい日本(語)の教育B国際化への対応即ち早期英語教育の三つのことを何故同時に今の教育現場で成就できないのかの充分な説明と、そしてどうしたら小学校の教育現場でこの三つを同時に成就できるかの知恵を国民は望んでいると思います。今回の発言は同氏の文科相就任の政治姿勢を表すものであるとしたならばあまりにも拙速にして一般の国民の理解を得るには不十分であるとの印象を受けましたが、いかがなものでしょうか? |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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戦前の鬼畜米英教育?
伊吹文部科学相は27日、新学習指導要領の焦点の一つになっている小学校での英語必修化について、「私は必修化する必要は全くないと思う。美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ」と話し、否定的な見解を示した。 ...続きを見る |
真夏のジャニス。 2006/11/03 22:45 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
私は早期英語教育は概ね賛成の立場です。 |
新進 2006/10/02 20:23 |
この問題は、時として議論が飛躍し、文化、文明論まで発展します。賛成派は、一言で言えば「現実に英語が必要だから」、反対派は、「国語を小さい時にしっかり学習させることの方が大事だから」というものでしょう。両方とも正論です。それを小学生からやらせるかどうかは、わざわざ文科省がしゃしゃり出なくとも都道府県の教育委員会に判断を委ね、実施の方法もかなりの裁量権を与える、のでいいのでは。問題は、早期英語教育と関係なく、今の小学校国語教育がうまくいってるのかどうか。今の中学校からの英語教育がこのままでいいのかどうか、です。現場をつぶさには知りませんが、授業時間、先生の資質、教材の選び方など改善すべき点は、山ほどあることでしょう。中学校からの英語教育については、資格のある英語を母国語とする外国人教師を現在の10倍ほど都道府県で採用してもらう必要があります。その外国人に英語だけでなく、算数、理科、体育なども担当させる。英語は音楽と同じ、これも同感です。 |
コアラ 2006/10/02 20:31 |
じゃあ、これで日本の英語教育は大丈夫かー。残念ながら英語は学校で学んだだけでは、’お稽古ごと’で終わってしまいます。英語は、本を読むことと同じで、常に継続して、日常使わなければ上達しないに決まっています。しかも、英会話だけ、というのは最悪。英語は読み書きがとてもとても大切。それを、おろそさかにした人が喋る内容も推して知るべし、です。 |
コアラ 2006/10/02 20:32 |
最後に、わが家の家庭の事情をちょっと紹介。今年11月に31歳になる長男は、小学校6年の三学期を終え、オーストラリアへ渡りました。現地の小学校最終学年(Grade7)に編入し、同時に英語を非母国とする移民の為の英語学校に半年通い、翌年から中高一環のGrammar Schoolに入学。さらに大学に進学、卒業し、最近は日本国籍を捨て、’オーストラリア人’までなりました。さーて、お立会い。この青年の英語、日本語能力はどうなったでしょうかー。親の採点はこうです。まず英語。日常会話は、ネイティブ並みでこそあれ、読み書きは、恐ろしいほど「こんな程度?」です。第一、本を読まない。英語で書いた手紙の稚拙さ、スペルは間違い、文体などありやしない。ああ、恥ずかしい。じゃ、日本語は?小学校までだから、推して知るべし。会話は一見、日本人並みながら漢字の訓読み、四文字熟語ときたらまるで分かりません。その親子のコミュニケーションの難解さ、想像を絶するほどとなりました。 |
コアラ 2006/10/02 20:34 |
小学校での英語についてですが。。。。 |
美枝子 2006/10/03 01:06 |
給食の問題だけではないようです。自分の子供が何々さんとの相性が悪いから一緒のクラスにするな、そばに席をするな、など親が先生に口出しする。通らないと教育委員会に電話をる。 |
美枝子 2006/10/03 01:09 |
英語の音は日本語に比べて圧倒的に子音がい。無声音、破裂音も多い。音域が日本語に比べ広い・深い・複雑というのは事実ですから新進さんの仰る通り幼いときに沢山聞かせ慣らせれば聞き取りがもっと楽にでき(それが最大の日本人の弱さですよね。私も含めて)ひいてはある程度までの英語習得に繋がるのは確か。だから幼いときに日本語以外の音に触れさせるというのは全く正しい。そういう機会を若いときから多く与えて日本人の世界に冠たる英語コンプレックスを是非取り除いてもらいたい。 |
美枝子 2006/10/03 01:13 |
それと書誌学者として有名な我らの塾同期、林望さんも「日本語をしっかり学ばせるのが肝要。小学生での英語は百害あって一理無し、」と断言してます。彼は慶応を出て40歳過ぎてオックスフォードに行った人ですが頑張ってイギリス英語を身につけた。だから歳を取っても意欲があればできる、コアラさんのおっしゃることと同じ、「語学は自習」と言ってますね。 |
美枝子 2006/10/03 01:18 |
今の子供達が受けている「ゆとり教育」、結局学力が酷く低下して弊害が出ているという事実を知ると余計そう思うのです。あのゆとり教育は「詰め込みは良くない、もっと個性を、自由を尊重しないとならない」ということでゆとりになったんですよね。でも失敗だった。 |
美枝子 2006/10/03 01:24 |
結果、親、子は益々小学校からの私立入学を目指すようになり、公立は今よりさらに荒廃する。 |
美枝子 2006/10/03 01:26 |
ご意見に賛同します。 |
sara 2006/11/03 22:48 |
saraさま |
寛人 2006/11/04 16:38 |
ここから下記はチェロ奏者として国境を越えてご活躍中の水谷川優子様のENNE倶楽部の掲示板内にて本稿について意見交換した内容をみなさまのご了解を得て公開させていただくものです。大変貴重なご意見と思いますので是非お読みいただきたいと思います。 |
寛人 2006/11/15 20:30 |
早期英語教育は現場は慎重になっていますよ。 |
北園 2006/11/15 20:30 |
北園さま |
寛人 2006/11/15 20:31 |
早期英語教育云々の可否はそれ単独では論じ得ない状況(おそらく皆さんが世論からイメージされる以上に現実は深刻混沌)ですので、興味のおありでしたら他の場で現状を踏まえてゆっくりと申し上げます。政治家に功罪はつきものですし、伊吹先生を文科大臣に登用されたことは、本気に取り組む意志(時既に遅しながら)の現れとお心得戴いてよいと思います。 |
北園 2006/11/15 20:32 |
私は、アメリカ人の友達に「英語を一言も話さなかったら、教育を受けていないとみなされる」ときつい一言を。外国人の友達がみんなで、「大特訓」でした。 |
ansumarin 2006/11/15 20:33 |
早期英語教育云々の件はまた別の場で申します。 |
北園 2006/11/15 20:35 |
本当にこの混沌としてしまった世の中では何が正しいのかを見極めるのは一番難しい事。 |
neroo 2006/11/15 20:37 |
皆さんそうだと思いますが、私も音楽を通して一般人レベルで前出の事をやっております。国を憂えば憂う程に己の為すべき事に尽す、少年院を回りながら得た答えです。(勿論、社会におけるボランティアやチャリティ活動について述べているわけではありません) |
neroo 2006/11/15 20:38 |
「自国を知る」「他国を知る」。確かに深遠なことで、私の場合、そのフレーズから連想されたのは(古代ギリシャのアカデメイアに掲げられた)「汝自身を知れ」という言葉でした。他者を知ることの難しさも同様ですが、己を知ることも本当に難しいことですね。 |
concierge 2006/11/15 20:40 |
いや、レスが続く続く |
neroo 2006/11/15 20:41 |
海外生活17年目に突入し、私は声を大にして申し上げます。 |
neroo 2006/11/15 20:42 |
私は今、久し振りに心に大きな支えを戴き感動しています。「志」を掲げ奮闘しつつ、正直「もうあかんわ」と時世にジリジリ追いつめられる自身がいます。ねるおさんに、驚くほど真芯から胸憶を汲んで戴き代弁して戴いたのは、この上ない励みです。 |
北園 URL 2006/11/15 20:49 |
私は下書きを読んだとき赤面しました。すぐに皇太子殿下の留学時の著書を読ませました。 |
北園 2006/11/15 20:50 |
所詮、英語の早期教育を望むといっても、エリートになり得る子と親の言い分が大半でしょう。(多くの低学力の子には縁のない話です。)まるで、西洋文明の上澄みを弄び、自己肥大して太平洋戦争の傲慢と破滅に陥った近代の祖国の過失をみるようです。かつては軍部為政者の専横でしたが、今は主権者である国民大衆自らが愚劣に迷走しているではないですか。'70年安保世代の方々は政府為政者を責めることをスタイルと思われているのか、しかし、主権者であるご自身の思想と主体性、志を本当に真摯に磨かれているのかというと、私は疑問を強くします。貰い物の民主主義に甘えてきたのでしょう。今の若者と子供達は、いわばこれら大人世代の浅薄さの犠牲者です。そのことの責任の重大さをどうか噛み締めて下さい。ねるおさんには、ぜひ、本校の松柏講座などで、今どきの高校生に語って戴ける機会を願います。「心からの声」を語れる大人は教育関係者の中にも本当に稀有となった今ですから。 |
北園 2006/11/15 20:51 |
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