ホオジロのさえずり

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help リーダーに追加 RSS 冥王星君、降格!

<<   作成日時 : 2006/08/25 05:58   >>

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2006年8月24日付けにてわれらが惑星仲間、冥王星君にプラハの国際天文学総会から惑星の資格を剥奪し、矮(わい)惑星とする旨の降格処分の辞令が出されました。冥王星君は1930年に発見されて以来76年間も「♪水金地火木土天海冥」と、連帯感を鼓舞する歌を歌いながら今日まで共に肩を組んで歩んで来ただけに、このお上の一方的な突然の辞令にわれらが仲間としては「それはないよな!」という心情で一杯であります。

なにしろ近年の天体観測の向上はめざましいものがあり冥王星君をこのまま惑星として認めておくと惑星は何と数十個にもなってしまうというのが理由なのだそうです。そこで身分の格式にどうしてもこだわるお上はその格式を維持しつづけたいとの気持ちから、取って付けたような次の三つを惑星たる資格条件を提示して一気に冥王星君を降格処分にしてしまったわけであります。

即ち
1. 太陽を周回していること。
2. 自己重力を持つこと。
3. 公転軌道上の近傍領域に於ける球状の主要な天体であること。

お上は冥王星君だけが太陽を真ん中にした揃いの円軌道を大きくはずれて、
247.8年もの超スローモーな楕円軌道で廻っているとの日頃の素行と、地球の衛星である月よりも小さいとの揚げ足をとって3番の条件を新たにつきつけたわけであります。

まあ、どっかの会社に似ているようでもありますが、とかく人事なんていうものはお上のかってな都合によりポストへの抜擢の理由はいつも後から取って付けたような、もっともらしい基準がついてまわってきます。単なる名称の分類区分だけなら何てことは無いのですがこれでバナナの配分の本数に格差が出てくるとなると、ことは深刻です。

でもねえ、冥王星君、決して気落ちすることはないですよ。所詮バナナを争奪する前提での猿の世界に一時的に属していると割り切ってしまえばたくさんのバナナを抱えた猿の姿にそんなにこだわって気落ちすることなどさらさらなくて、むしろ誇らしげにたくさんのバナナを抱えている姿があわれに見えてくることもあるのですからね。

われわれ「♪水金地火木土天海冥」はいつまでも同期の桜、バナナの本数の差なんかで決して見る目を変えたりはしませんから!

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タイトル (本文) ブログ名/日時
惑星にも成果主義、ではないのでしょうけど
太陽系9惑星を12惑星に増やす、と言っていたのが一転して、「冥王星の降格」という話になっているらしいです。 ...続きを見る
いーわん情報源 たまには日記
2006/08/26 17:26

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
古里や子と振り仰ぐ星月夜  たか志

その昔、良く夜空の星を眺めていた記憶がありますが、都会では見られなくなったが、降るような星と言う表現には及びませんが、星空がまだ古里には残っていました。
惑星の定義の変更による冥王星の除籍も天文光学技術の進歩したお陰でしょうか。好ましいような何か我々の思い込んでいた過去が消されたような心持になりますね。
ところで、進化論はあらゆる分野の説明に及び少し耳につきますが、宇宙は無限であると説明されていることに似ているようにも思います。人間説明できない世界は放置できないようで、ある仮説に賛同者が多ければそれが定説となり、とりあえず納得しているようです。いずれ神の領域に人類は到達するでしょうか。興味あるところです。
老司たか志
2006/08/25 20:33
老司たか志さま
大変格調の高いコメントをありがとうございました。
マサチューセッツ工科大教授の話によりますと惑星という言葉が定義されたのは、古代ギリシャ以来数千年ぶりなのだそうです。ご本人は画期的な出来事だとはしゃいでいるのですがどうなんでしょうか。私は太陽のような恒星のまわりを周るのが惑星でその惑星のまわりを周るのが衛星の3種類のみまずありきと考えれば、何も冥王星を降格処分にせずとも数十あろうが数百あろうが名前で区分すりゃあいいだけの話じゃあないの?と思った次第であります。バナナの配分のお話は余計でしたね。あはは(^^)
寛人
2006/08/25 21:39
お邪魔します♪
天文学界は賑やかなことですね〜
せっかく冥王星まで覚えているのに、今更仲間はずれだなんてね・・・
高性能の観測機器により見え方が鮮明になるから、
こういう問題もおきてくるのでしょうが・・・

何も考えず、ぼ〜と夜空を見上げて入るときが一番心が休まります・・・あまりごちゃごちゃ言わんと・・・星が大きかろうと小さかろうとその美しさには変わりはありませんよね。
昔のように降るほどの満天の星を今一度見たいものですが・・・



美華
URL
2006/08/31 02:17
美華さま
本当におっしゃるとおりですね。人間様が今までかってに定めてきたことについて、やっぱり「ああでもないこうでもないと」混乱して喧々諤々。これは天文学界に限ったことではありませんがそんなことはよそにして文明の光に霞んでしまった現代の夜空のその先に、美しく荘厳な満天の星が輝いていてくれていること自体があらためてありがたく感じられた話題でしたね。
寛人
2006/08/31 05:34
このニュースをしばらく傍観しておりましたら、この話題にコメントするのが時期はずれになってしまいました(笑)
いや、大きいだの小さいだの、認めるだの認めないだの、いかにも人間的な業の世界でございます。
冥王星そのままが、それ、文句も言わずくるくると回っております。
惑星がそのままでありながら、人間の観念のみにおいて惑星でなくなる・・・。
いかにも諸行無常でございますね。
随流真山
URL
2006/09/02 10:56
随流真山さま
コメントを頂きありがとうございました。ホームページを拝見しました。いつもながら真摯な仏道修行を在家の立場からおいもとめていらっしゃるお姿に深く感銘しています。「仏道修行にONとOFFはあってはならない。」これはおっしゃるとおりですね。「不退の智を証せるをもって仏はその心深く仏道に入れりと知ろしめして即ちために最正覚を成ぜんことを授記して〜」と法華経にも書かれています。私、寛人は優婆塞であります。私自身、仏道を極める菩薩たりうることは容易なことではありませんが法を体感し仏に深く祈ることによっていつも救われる思いをいたしております。
寛人
2006/09/03 19:21